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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)424号 判決

原告(反訴被告)

ブックローン株式会社

右代表者代表取締役

工藤俊彰

右訴訟代理人弁護士

門間進

角源三

被告(反訴原告)

箱崎宣親

右訴訟代理人弁護士

麻田光広

主文

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)間において、被告(反訴原告)が原告(反訴被告)の従業員たる地位を有しないことを確認する。

二  被告(反訴原告)の請求を棄却する。

三  訴訟費用は本訴、反訴を通じ被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  請求の趣旨

1 主文第一項同旨

2 訴訟費用は被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

一  請求の趣旨

1 原告と被告間において、被告が原告の従業員であることを確認する。

2 原告は被告に対し、昭和六二年六月六日以降毎月二五日限り金二七万六一〇八円を支払え。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

4 2につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 主文第二項同旨

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 原告は、各種出版物の長期月賦販売を行う事業、長期月賦販売代金の集金代行等を業とし、従業員約一八〇名を有する株式会社である。

被告は、昭和四九年四月一日原告に雇用され、商品配送、売掛金回収等の業務に従事してきたものである。

2 原告は被告に対し、昭和六二年四月二七日、被告がそれまで所属していた本社業務部業務課督促係から同部名古屋業務への配転を内示し、同年五月一日付で配転命令(以下、「本件配転命令」という。)を発令し、同月二一日から名古屋で勤務することを命じた。

3 被告は、本件配転命令について、被告の妻が原告の本社に勤務しているので別居しなければならなくなること、経済的負担が大きくなることなどを理由にこれを拒否した。

被告は、本件配転命令発令当時、全印総連大阪地連ブックローン労働組合(以下、「全印総連」という。)に所属していたが、同年五月六日、全印総連を脱退して翌七日ブックローン労働組合(以下、単に「組合」という。)に加入したが、被告も組合も本件配転命令の撤回を求めるのみで配転命令に従わなかったので、原告は、同年六月一日、被告が本件配転命令に従わないことが業務上の命令違反に該当し、その情状が極めて重いものと判断し、翌六月二日付で被告を懲戒解雇に処する旨の意思表示をした(以下、「本件解雇」という。)。

4 しかるに、被告は、本件配転命令及び本件解雇を争い、被告の所属する組合も本件配転命令及び本件解雇の全面撤回を求めて争っている。

よって、被告が原告の従業員たる地位を有しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する答弁

請求原因事実は認める。(但し本件解雇の効力を争う。)

三  抗弁

1 本件解雇は、労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為であり無効である。

(一)(1) 被告は、本件配転命令を受けた後、所属していた全印総連に対し、本件配転命令の撤回を要求して原告と交渉するよう求めたが、全印総連が本件配転命令に反対しない態度であったため、昭和六二年五月六日、全印総連を脱退して翌七日、組合に加入した。

(2) 組合は、同月八日本件配転命令は無効であると判断し、苦情処理委員会への申立をなしたが、原告は、組合とは苦情処理に関する労働協約が存しないとして右申立を受理しなかった。

(3) 苦情処理に関する協定は、昭和五二年九月五日、原告と当時のブックローン労働組合との間で締結されたが、右ブックローン労働組合は組織上の同一性を保って現在の組合になっており、前記協定の当事者は組合に他ならないから、原告の前記苦情処理申立を受理しない行為は協約違反であるとともに組合否認の不当労働行為に該当する。

(二)(1) 更に、組合は、原告と本件配転命令の撤回を求めて昭和六二年五月一三日、一八日、二〇日に交渉を持ったが、原告は、被告の着任日を同月二五日に延期したものの、本件配転命令の撤回を拒否した。

そこで、組合は、本件配転命令の撤回を要求して同月二二日、被告に対し同月二五日から指名ストを行うよう指示し、同時に原告にもその旨通知した。

(2) 本件指名ストの目的は、組合が被告に対する配転命令を撤回させ、配転についての対象者の意向を尊重させる制度を獲得するための交渉を、有利に進めるために行ったもので、目的において正当であることは明らかである。

(3) また本件指名ストの方法は、事前に指名ストの対象者を通知し、通知通りにストを実施しているのであり、本件指名ストが本件紛争について一定の結論が出されるまでの間行われるものであることは当然で、争議の不当性は存しない。

(4) しかるに、原告は、被告が指名ストに入っている同年六月二日付で本件解雇をなしたものであるから、結局本件解雇はストライキを実施したことを理由として行われたのに他ならず、労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為であり無効である。

2 本件配転命令は次の理由により無効であるから、無効な業務命令に違反したとしてなされた本件解雇は無効である。

(一) 本件配転命令は労働契約に違反する。

原告と被告の労働契約では、被告の勤務地を神戸本社とする場所的限定がなされていた。

原告は、昭和四八年六月二五日、職業安定所に対して高卒用求人表を提出し、右職業安定所を通じて育英高等学校に募集条件を提示したが、右求人表には勤務地は神戸本社となっており、被告も勤務地が神戸であることを重視して応募したものであり、被告は入社以来一三年間神戸本社に勤務してきたから、神戸本社で勤務することが労働契約の内容となっており、被告の勤務地を名古屋に変更するには被告の同意が必要であるから、かかる同意のない本件配転命令は無効である。

(二) 本件配転命令は人事権の濫用である。

(1) 業務上の必要性がない。

名古屋業務は、昭和六一年一〇月以降は男子従業員二名、女子従業員一名で構成され、代金の回収業務を行っているが、昭和六二年三月に男子従業員のうち一名(現地採用)が退職した。

被告は右退職従業員の補充人員として本件配転命令を受けたが、右代金回収業務は督促カードに基づいて代金回収を行うところ、名古屋業務の督促カードは約一六〇枚であり、一人で行える業務量しかなく人員を補充する必要はない。また原告は四月中は神戸業務の出張形式で名古屋業務の仕事を処理しており、神戸業務よりの出張で処理することができる。

原告は、神戸業務において山口県や北陸地域までを東京業務において北海道地域までを出張の形式で処理を行わせているのであるから、名古屋業務の長野、岐阜、三重の地域を神戸業務より出張で処理することは可能であった。

仮に、人員補充の必要があるとしても、原告の経済状況からすれば、新規に一名を現地採用すれば足り、神戸本社から配転する必要はない。

(2) 人選に相当性がない。

神戸本社には人的余裕がないうえ、神戸本社において代金回収業務に従事しているのは被告を含めて五名(被告、福本、寺内、児玉、篠崎)であるが、篠崎は独身、他は妻帯者であり、被告は妻が原告に雇用され神戸本社に勤務して共稼ぎをしているが、他の三名は共稼ぎをしていない。

本件配転命令に応じれば、被告は妻との別居か妻の退職かを迫られるのであり、被告を配転の対象に選択する客観的合理性は全くない。

(3) 被告とその家族に多大な不利益を強いる。

被告の家族は妻、長女(七歳)、長男(四歳)であるが、妻は昭和四八年四月から原告の神戸本社に勤務しているため、被告が本件配転命令に応じるには妻子と別居するか、妻が退職するしかない。

被告は肩書住所地に土地付き一戸建て住宅を購入し、ローン(毎月四万円、六月と一二月に二七万円)を支払っている。仮に妻子と別居することになると、被告は名古屋での住居を確保せねばならず、二重生活となり経済的負担が大きい。原告は本件配転により被告に別居手当月二万円、住宅補助月二万一〇〇〇円を支給するが、被告が名古屋で住宅を確保するためには、ワンルームマンションでも月四万三〇〇〇円かかる。また妻が退職すれば被告の賃金だけでは生活を維持することができない。

(三) 本件配転命令は不当労働行為に該当する。

組合は、昭和五二年三月一五日に原告の従業員一一〇名で結成され、当初全印総連に加盟していた。原告は、組合結成後組合員に対し脱退工作を行った結果、組合員は昭和五四年三月頃には三八名に減少するに至った。組合は昭和五五年二月に全印総連を脱退し、運輸一般に加盟した。その一か月後に第二組合が結成され、その組合は全印総連に加盟した。原告の組合脱退工作と組合員差別の結果、昭和六一年頃には組合所属組合員は一〇名になってしまった。組合は昭和六二年一月運輸一般から脱退して同年五月、全日本建設連帯労働組合関西生コン支部(以下「連帯」という。)に加盟した。

被告の妻は当初から組合に所属しているが、原告は被告の上司を通じて被告に対し妻を組合から脱退させるよう求め、妻に組合脱退を勧奨することを指示してきた。原告は被告を名古屋に転勤させ、同時に被告の妻に名古屋での職を提供し、被告とともに名古屋に行かせ、組合員としての実質的な活動を不可能にさせ、或いは退職させることを考えた。

従って本件配転命令は、組合員たる妻を神戸業務から排除することを目的とするもので、不当労働行為である。

3 本件解雇の選択は、権利の濫用であり無効である。

(一) 被告が本件配転命令に従わないのには正当な理由がありまた被告が名古屋業務に就かなかったのは指令ストという組合の正当な争議行為として行われたものであるから、原告の就業規則八条一項に該当せず、また同規則六五条一項二号にも該当しない。

(二) 懲戒は秩序違反行為の実害に対してバランスのとれた懲戒の種類と同程度のものでなければならない。極刑に値する懲戒解雇に処するには、社会通念上是認される程度に重大な違法行為がなければならないが、被告は団体交渉の経過によっては異議を留どめて赴任することもありうることも言明していたのにもかかわらず、組合との十分な団体交渉も行われず、また被告が本件配転命令を不当であると考えたことにも当然の事情があったから、本件解雇の選択は合理的な均衡を欠く違法な処分であり無効である。

四  抗弁に対する認否及び主張

1 抗弁1の事実のうち、(一)(1)、(2)、(二)(1)の事実は認める、同前文(一)(3)、(二)(2)、(3)の事実は否認する、(二)(4)の事実のうち、原告が被告に対し本件解雇をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告は被告が指名ストを行ったため本件解雇をなしたのではない。原告は被告と終始誠意を以って話し合い、またその時々の被告が所属する組合とも話し合ったが、被告は本件配転命令の撤回を求めるのみという態度を固守し、明確に本件配転命令を拒否する意思を明らかにしたため、原告は本件解雇をしたもので、本件指名ストにより名古屋業務に就かなかったことを問題にしているのではない。

2 同2の前文は争う。

同2(一)のうち原告が所轄の公共職業安定所を通じ育英高等学校に高卒用求人表を提示したこと、被告が入社後一三年間神戸に勤務していることは認めるが、その余の事実は否認する。

求人表の就業場所は現に原告が業務を行っている場所を示したにすぎない。また原告の就業規則には「業務の都合により必要があるときは、転勤、配置替え等を命ずることがある。異動を命じられたときは、社員は正当な理由なくこれを拒むことができない。」と記載されており、被告は入社後のオリエンテーションで就業規則の説明を受けているのであるから右条項によって、原告と被告間には勤務地についてはどこにでも異動するという包括的同意を得ている労働契約が存在しているので、本件配転について被告の同意は必要でない。

3 同2(二)のうち、名古屋業務が被告主張のころその主張の従業員で代金回収業務を行っていたこと、被告主張の頃男子従業員一名が退職したこと、被告が神戸本社において代金回収業務に従事していたこと、このうち篠崎が独身であり、他は妻帯者であること、被告の妻が原告に雇用され神戸本社に勤務していることは認めるが、その余は否認する。

名古屋業務は、会社の自社ビルの中にあり、昭和六二年三月までは西条係長(以下「西条」という。)のもとに男子従業員岡田順三(以下「岡田」という。)と女子従業員長瀬早苗(以下「長瀬」という。)が主として督促業務を行っていたが、同月末に岡田が退職したので、原告としては岡田の後任を補充する必要があった。当時岡田が担当していた督促カードの処理件数は、名古屋業務での一か月平均二一〇枚のうちの一六〇枚であったので、西条や長瀬とでまかないきれなかった。また原告には当時新規採用する経済的余裕もなく、新規採用すればその教育のため西条の負担が増大するので、原告において現に督促業務に携わっている者の中から一名を補充に充てることにした。そして本社業務部が一名減員しても支障のない状況であり、そこから適任者を検討したところ転勤経験がなく車の免許を取得している被告を選んだのである。

また原告は被告に対し単身赴任を強要したことはなく、同年六月退職予定の長瀬の後任に被告の妻を充ててもいいので希望するなら夫婦で名古屋転勤をしてもよいとの計らいをしたが、被告の妻がこれに応じなかっただけである。

4 同2(三)のうち、被告主張の時にその主張の組合が結成されたこと、主張の時期に全印総連を脱退したこと、従業員の一部が運輸一般に加盟し組合を結成したこと、その後別組合が結成され全印総連に加盟したこと、組合は運輸一般から脱退し連帯に加盟したこと、被告の妻が組合に所属していることは認めるが、その余は否認する。

原告は原告会社に労働組合が結成されて以来、組合員に対する脱退工作とか組合員差別を行ったことはない。また原告は本件配転命令に際し、被告が名古屋に単身赴任するか、若しくは家族を伴うことを希望するならその配慮をしようとしたまでで、被告の妻を名古屋に赴任させようとか、退職させようとする意図はなかった。

5 同3の事実は否認する。

原告は本件配転命令の内示後はもとより発令後も、被告に対し本件配転に関し誠意を持って話し合い説明し、また所属の組合とも十分話し合ってきた。組合とは二回の団体交渉を持ったが、いずれも決裂となり、被告は無期限ストライキに突入し、原告としては被告に対する説得は不可能な状態になった。かように被告が本件配転命令を正当な理由なく拒み続けたことは、極めて悪質な違法行為であるので、原告は、被告が昭和六二年五月一日付で発せられた「業務部名古屋業務を命じる」旨の業務上の命令に従わず、その情状が極めて重いものと判断して就業規則六五条一項二号、同条二項一号により、本件解雇をなしたのである。

(反訴について)

一  請求原因

1 被告は原告の従業員であるが、昭和六二年五月一日付で被告に対し本件配転命令がなされ、更に同年六月二日付で本件解雇がなされたことは本訴請求原因一1ないし3の通りである。

2 本件配転命令及び本件解雇が無効であることは、本訴請求原因三の抗弁と同一であるので、被告は原告の従業員たる地位にある。

3 しかるに原告はこれを争い、被告は原告の従業員たる地位を喪失した旨主張している。

4 被告の賃金は一か月二七万六一〇八円であり、その支払時期は毎月二五日である。

よって被告は原告に対し、被告が原告の従業員としての地位にあることの確認及び原告が昭和六二年六月六日から毎月二五日限り、被告に対し一か月当たり金二七万六一〇八円を支払うことを求める。

二  請求原因に対する答弁

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実についての認否及び主張は、本訴についての四の抗弁に対する認否及び主張と同一である。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実は否認する。被告の平均賃金は一か月二五万六〇九一円である。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一本訴について

一請求原因事実は当事者間に争いがない。

二被告はまず本件解雇が労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為で無効であると抗弁するのでこれにつき判断する。

抗弁1(一)(1)、(2)、同(二)(1)の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉並びに右争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告は、名古屋への配転について昭和六二年四月二七日、原告の伊藤課長から内示され、伊藤から本件配転の理由につき説明を受けたが、その際、被告は名古屋には行かない旨答えた。そして、被告は、当時所属していた全印総連を通じて原告に対し、苦情処理に関する協定に基づき苦情処理の申立をし、同年四月三〇日、五月一日、五月六日の三回にわたり苦情処理委員会が開かれ協議が行われた。ところで、被告の配転拒否の理由は、子供を神戸市に居住する両親に預けて共稼ぎをしているので、名古屋に行くと生活上種々支障をきたすこと等であったが、右協議の結果名古屋への配転は業務上の必要性があり、被告主張の配転に伴う不利益は他の従業員の異動の状況等から勘案してやむを得ないもので被告の苦情は認められないとの結論に達した。そこで全印総連は、被告に対し右配転に応じるよう説得したが、被告はこれを不満として同月六日全印総連を脱退して翌七日組合に加入し、支援を求めたので、翌八日、伊藤は、被告に対し本件配転命令の辞令を交付して同月二一日に名古屋に赴任するよう命じ、それまでに名古屋で住む家を探してくるよう指示した。

2  同月八日、組合は、原告に対し被告の本件配転について苦情処理の申立をしたところ、原告は、組合とは苦情処理に関する協定を締結していないとして、同月一三日、同月一八日の両日苦情処理委員会に準じて内容的に同一の折衝を組合との間で行い、その場で、原告は本件配転の業務上の必要性、被告を人選した理由等の説明をしたが、組合は、本件配転の撤回を要求して物別れに終わった。その間に、被告は、組合と相談の結果、名古屋に赴任してから本件配転命令を争うこともできると考え、とりあえず同月一五日、名古屋に行って住居を探し、一応マンションの一室を決めて帰った。原告は、同月一九日、組合から連帯に加盟した旨の連絡を受け、緊急議題として被告の件についての団体交渉の申し入れがあったので翌二〇日、組合と団体交渉が行われ、これに被告も出席し、組合は、本件配転命令の撤回を迫り、原告と対立したまま団体交渉は決裂したが、原告は被告の名古屋赴任の日を同月二五日に延期した。

3  ところで、組合は、同月二三日原告に対し、被告の配転を理由として対象者を被告とする同月二五日からの無期限のストライキを通告し、被告は同日からストライキに入った。なお、原告は、組合から同月一八日頃、本件配転について被告と直接折衝しないよう申入れを受けたので、以後これを控えていた。

4  同年六月一日組合と原告との間で夏季手当の件で団体交渉が行われた際、被告もこれに出席し、本件配転についての話もされたが、前回同様物別れになった。ところで、原告は、右団体交渉に先立ち被告が本件配転命令に応じない場合は解雇も止むを得ないものとして、右団体交渉に臨んだのであるが、その場における被告の配転拒否の態度が明白であったので、原告は右団体交渉終了後、被告が業務命令である本件配転命令に従わず、その情状が極めて重いものと判断し、就業規則六五条一項二号、二項一号に該当するとして、同日付で本件解雇通知書を郵送し、右書面は翌二日に被告に到達した。

5  原告は、昭和五二年九月五日、総評・全印総連ブックローン労働組合と苦情処理に関する協定を結んでいるところ、被告は右組合は組合と同一組織であると主張し、原告は右ブックローン労働組合とは別組合であると主張している。

以上の認定事実によって、被告の右主張を検討する。

被告は、前記苦情処理に関する協定の当事者が組合であるにもかかわらず、原告が組合の苦情処理申立を受理しない行為は組合否認の不当労働行為であると主張するが、前記協定の当事者が組合かどうかはさておき、前記認定のとおり、原告は組合の申し入れに対し、組合との間で苦情処理委員会と内容的に同一の折衝を二回に亙ってなし、また本件配転命令についての組合の団体交渉の申し入れにも応じているのであって、原告には組合否認の不当労働行為があったとは認められないから、被告の右主張は理由がない。

また被告は、本件解雇は被告が指名ストを実施したことを理由とするもので不当労働行為である旨主張するが、前記認定の事実によれば、被告は本件配転内示の時から本件配転に難色を示し、当時所属していた全印総連を通じて原告に苦情処理の申立をし、苦情処理委員会における協議の結果、全印総連から本件配転に応じるよう説得されたのに、これを不満として全印総連を脱退して組合に加入して組合の支援を求め、組合は本件配転命令の撤回を求めて原告と折衝や団体交渉を重ね、被告の名古屋への赴任日が同年五月二五日に延期されるや、本件配転命令の撤回を求めて同日から無期限のストライキを実施し、同年六月一日の団体交渉においても全く本件配転命令に応じる態度を示さなかったものであり、結局被告は後記のとおり有効な本件配転命令を正当な理由なく拒否したものであって、原告は、かような被告の態度から、本件配転命令を拒否する態度が明らかであると判断して本件解雇をなしたのであって、指名スト実施を理由として本件解雇をなしたものでないことは明らかである。

従ってこの点に関する被告の抗弁は理由がない。

二次いで被告は、本件解雇は無効な本件配転命令に基づくもので、無効であると抗弁するので、本件配転命令の効力につき検討する。

1  被告は、被告と原告の労働契約では勤務地を神戸本社とする場所的限定がなされていたから、被告の同意なしになされた本件配転命令は無効であると主張するのでこれにつき判断する。

原告が所轄の公共職業安定所を通じ育英高等学校に高卒用求人表を提示したこと、被告が入社後一三年間神戸に勤務していることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉並びに右当事者間に争いのない事実によれば、被告は昭和四九年四月高卒定期採用の一人として原告に入社したが、それに先立ち原告は昭和四八年六月二五日頃、所轄の公共職業安定所を通じて各高等学校に、原告への就職を希望する生徒の推薦を依頼したところ、被告は育英高等学校より推薦され、採用試験の結果原告に入社したこと、右安定所に対する求人票には作業内容として総務事務、経理事務、督促事務並びに電算室が、作業所として当時の本社ビルであった兵庫ビルが表示されていたこと、右求人表は公共職業安定所の所定のもので、それに記載しているのは原告の概括的な労働条件であり、求人表の作業所の記載はさしあたっての就業場所を示すにすぎず、具体的な労働条件は労働契約なかんずく就業規則や企業規定によって定まること、被告は右求人表を基に学校が作成した会社一覧表を見て応募したが右一覧表には勤務地として神戸と記載されていたこと、右当時原告の本社は現在と同様神戸であったが、北海道から九州まで各所に支社や営業所があり、勤務地を限定して従業員を採用し、終生同一の場所で勤務させることは会社の運営上困難で、今まで勤務地を限定して従業員を採用したことは一度もないこと、原告の就業規則第八条には、「会社は業務の必要により社員に異動(転勤、配置転換)を命じることがある。この場合正当な理由なくこれを拒否してはならない」旨規定されていること、原告においては入社後のオリエンテーションで右就業規則及び会社の支社や営業所についての説明をしていること、被告は採用試験の際もオリエンテーションの際にも勤務地に関し何等の申し出もしていないこと、原告においては年間平均十数名の従業員が転居を伴う異動をしており、前記就業規則にはそのための旅費の支給、転居の費用、住宅費補助についての規定が存すること、被告と同時期の高卒定期採用者である谷津行夫(旧姓和田)も東京、札幌、神戸と転勤を経験していること、被告は入社後三宮所在の電算室に、昭和五五年四月からは本社ビル商品課に配属され合計一三年間神戸で勤務しているが、被告は自己が他に異動することを予想して、会社に提出した自己申告書に異動についての希望を記載していること、以上の事実が認められ、〈証拠判断略〉、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の被告採用時の状況、就業規則の記載内容、原告における異動の状況等諸般の事実を併せ考えると、求人表に記載された作業所は求人の際のさしあたっての就業場所を示したにすぎず、被告と原告との間の労働契約には勤務地限定の約束は存在せず、前記就業規則により勤務地については原告の一方的変更に従う旨の包括的合意がなされているというべきである。

してみると、本件配転命令は労働契約に違反するとはいえないから、被告の主張は理由がない。

2  次いで被告は本件配転命令は権利の濫用である旨主張するのでこれにつき判断する。

(一) 業務上の必要性及び人選について

名古屋業務が被告主張の頃その主張の従業員で代金回収業務を行っていたこと、被告主張の頃男子従業員一名が退職したこと、被告が神戸本社において代金回収業務に従事していたこと、篠崎が独身であり他は妻帯者であること、被告の妻が原告に雇用され神戸本社に勤務していることは当事者間に争いがない。

右争いのない事実、〈証拠〉によれば、原告の業務部名古屋業務は原告所有のビル(地上六階地下一階)の中にあり、昭和六二年三月末までは西条、岡田、長瀬の三名が主として中京地区及び静岡県、三重県の商品代金滞納者管理(督促業務)を行っていたこと、右業務には契約者からの入金遅れで督促の対象となった者のリストにより一件毎に電話で督促し期日までに入金させる「電督明細」と、電督明細で入金がない場合に作成される督促カードにより契約者宛の督促状の発送、訪問督促等をなす「督促カード」があること、西条は督促業務全体を統轄する外、督促カードの処理(月平均五〇枚)、電督明細(月平均約七〇枚)、ビルの管理、スキャングローブ事業部(地球儀の販売業務)の名古屋駐在員の仕事を担当してしたこと、岡田は督促カードの処理専門で月平均約一六〇枚の処理をしていたこと、また長瀬は電督明細(月平均一三〇枚)のほか入金処理中部支社の営業事務等の業務をなしていたこと、岡田が同月末退職したので、岡田の後任を補充する必要があったこと、原告では以前従業員を現地採用していたが販売量が大幅に減少していたこともあって、経費を節減するため及び現地採用をした場合督促カード業務の教育を西条に委ねることはその負担過重となることから、岡田の後任者を現地採用ではなく、原告において現に督促業務に携わっている者の中から人選することにしたこと、原告においては督促業務を名古屋のほか、東京、高松、福岡で行っているが、名古屋を除く四か所の督促業務を比較すると、本社業務部業務課督促係の一人当たりの督促カード処理枚数が一か月約一四〇枚前後と最も少なく、一名を減員しても支障のない状況であったこと、岡田の後任には本社督促係から行くのではないかと被告を含む本社督促係員間で噂されていたこと、同年五月に営業部の異動があるため、岡田の後任も同時期に異動させることになり、それまでは神戸業務からの出張でまかなうことになったこと、同年四月末の本社業務部業務課督促係のうち転勤経験者と未経験者があったので、この際転勤の経験のない者(松岡、鞆、被告)の中から適任者を検討したところ、松岡は同年五月一日付けで福岡業務に転勤が予定されており、鞆は督促という外勤活動に必要な運転免許証を持っていないため、被告が岡田の後任として選任されたこと、被告が解雇された後同年六月一〇日付で名古屋業務には岡田の後任として福岡業務の稲葉が、稲葉の後任には神戸本社の電算室の鹿野が転勤したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告には名古屋業務において退職した岡田の後任を補充する業務上の必要性があり、その後任に督促業務を現在行っており転勤経験のない被告を選任したことは合理的理由があったというべきである。

尤も被告は、本件配転に応じれば妻との別居か妻の退職かを迫られる旨主張するが、後記認定のとおり、原告は本件配転の内示の際同年六月末日退職予定の長瀬の後任に被告の妻をあててもいい旨被告に伝えているのであって、被告の妻が神戸本社に勤務していることを以て、被告を本件配転の対象者としたことに合理的理由がないといえない。

(二) 被告に対する不利益について

被告の家族構成、本件配転により原告が被告に対しその主張の手当を支給することは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被告は本件配転命令が出された昭和六二年五月一日当時肩書住所地の住居において妻てる代、長女(七歳)、長男(四歳)と生活していたこと、共稼ぎのため神戸市兵庫区荒田町に居住している被告の両親に月額七万円を支払って子供を預けていたこと、右当時被告の両親はまだ五〇歳代後半であったこと、右当時被告の給料は手取り月額約二〇万円、妻は約一六万円であったこと、被告は前記住居のローンを毎月支払っていたこと、本件配転に関し原告が被告に支払う諸手当は、赴任手当(単身七万円、家族同伴一〇万円)のほか、単身赴任の場合月二万円の別居手当、住宅補助月二万一〇〇〇円、帰郷費用として月一回の交通費、家族同伴の場合は住宅補助月三万三〇〇〇円であったこと、被告は本件配転命令後名古屋で月額四万三〇〇〇円の賃貸マンションを契約したが、名古屋の賃貸マンションでこれより安い物件は多数あること、原告が本件配転を被告に対し昭和六二年四月二七日に内示したが、その際同年六月退職予定の名古屋業務の女子従業員長瀬の後任に被告の妻を充ててもいい旨伝えていること、家族同伴で名古屋に赴任した場合の経済的負担について被告本人尋問の結果書において種々供述するが、子供の保育料等についても、被告は特に調査した訳ではなく右経済的負担に関して具体的に検討したあとがないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

被告は、名古屋に転勤すると妻子と別居するか妻が退職するしかなく、また別居する時は経済的負担が大きい旨主張するが、前記のとおり原告は被告の妻につき被告と同じ名古屋業務での仕事を提供しており、希望すれば被告が妻と共に名古屋で共稼ぎする途もあったのであり、被告には名古屋業務に転勤した場合の経済面について調査・研究する等の真摯な態度も見受けられないのであって、かかる事情を併せ考えると、本件配転によって被告が不利益を蒙ることは否めないが、右不利益が通常甘受すべき程度を著しく越えるものとは認められない。

したがって、本件配転命令は権利の濫用ということができない。

3  更に被告は、本件配転命令は被告の妻てる代を排除することを目的とする不当労働行為であると主張するのでこれにつき判断する。

原告において、昭和五二年三月一五日、従業員一一〇名で労働組合が結成され、当初全印総連に加盟していたが、昭和五五年二月頃、全印総連に加盟する組合と運輸一般に加盟する組合の二つの組合ができたこと(右二つの組合のいずれが最初の組織を承継したかはともかくとして)、運輸一般に加盟した組合は被告が現在加入している組合であるが、右組合は運輸一般から脱退し、昭和六二年五月一八日連帯に加盟したこと、被告の妻てる代が結成当初から労働組合に加入し、運輸一般に加盟した組合に所属していたことは当事者間に争いがないが、〈証拠〉によれば、てる代は昭和六一年一〇月に組合の安全衛生委員になったのみで、他の役員歴はなく、組合新聞の発行に携わっていたがさしたる活動歴もなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告は、本件配転命令は組合員たるてる代を神戸業務から排除することを目的とする旨主張するが、前記認定の通り、原告としては共稼ぎをしている被告が名古屋に家族を同伴することを希望するなら、てる代を名古屋勤務にすることを配慮したにすぎず、てる代を神戸業務から排除し、退職させるか、名古屋に赴任させることを意図したものでないことは明らかである(〈証拠判断略〉。)。

してみると、この点に関する被告の主張もまた理由がない。

三また被告は、原告が本件解雇を選択したことは、権利の濫用で無効であると主張する。

しかしながら、本件配転命令が有効であることは前記のとおりであり、〈証拠〉並びに前記認定の事実によれば、被告は本件配転が内示された時からこれを拒否し、原告が被告所属の全印総連を通じて説得を続けたのに、これに応じず全印総連を脱退して組合に加入し、組合に本件配転についての交渉を一任し、組合も原告との折衝や団体交渉において本件配転命令の撤回を求めるのみで、被告も全く翻意しなかったので、原告が被告の業務命令違反はその情が重いと判断し、就業規則六五条一項二号、二項一号に該当するとして本件解雇をなしたものであるから、本件解雇の選択が権利の濫用ということはできない。

以上述べた通り、本件解雇は有効であるので、被告は本件解雇により原告の従業員の地位を喪失したものであり、被告がこれを争っていることは前記のとおり当事者間に争いがないから、原告の本訴請求は正当というべきである。

第二反訴について

被告が原告の従業員としての地位を喪失したことは、本訴において述べたとおりであるから、被告が原告の従業員の地位にあることを前提とした反訴請求は、その余について判断するまでもなく、失当である。

第三結論

以上説示のとおり、原告の本訴請求は正当であるのでこれを認容し、被告の反訴請求は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長谷喜仁 裁判官將積良子 裁判官横山巌)

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